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きくちよしょう
菊千代抄
山本 周五郎
「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页
喰べ物に馴れるにしたがって、かれらの生活にも馴れていった。一年ばかりのあいだにたち寄る家はおよそきまったが、好んで寄るのは波山村の茂平、原の竹次、保毛村の太九郎という三軒であった。これらはみな貧しい小作人で、特に原の竹次はひどい生活をしていた。市原数右衛門という名代名主の話によると、竹次夫妻は嵩間の人間であって、両者とも商家そだちであるが恋仲になったのを許されず、いろいろと面倒なわけもあって、十年ほどまえついに二人でかけおちをし、この土地へ来て居着いたのだという。
「このへんでは百姓は稗を食って三代というくらいで、あの夫婦もまあ孫の代まで辛抱する気があれば、百姓で食えるようにもなるでしょうが……」
数右衛門はそういったが、それはそのままでかれら夫婦の苦しい生活をよくいいあらわしていた。
原は屋形に近かったし、夫妻の身の上を聞いてから多少は好奇心もあって、菊千代はしげしげ竹次の家へいった。ときには独りで、庭へ歩きに出たままゆくこともあった。竹次もおいくという妻も年よりはずっとふけてみえた、二人のあいだに正太といって七つになる子があるが、親子とも揃って無口で、けれどいつも三人いっしょに黙々と働いていた。