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きくちよしょう
菊千代抄
山本 周五郎
「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页
ことが起こった。
池の中の出来事があってから菊千代は誰よりも椙村半三郎が好きになった。二歳年長でもあり、容貌もきわだっていたしおとなしいので、まえから嫌いではなかったが、その後はなにをするにも彼でなければ気が済まず、少しも側を放さなかった。
その年の冬だったろうか、上屋敷で相撲があり、菊千代も呼ばれて、お相手の子供たちといっしょに見物した。これまで能狂言などは幾たびか観たけれども相撲は初めてだし、終ったあとで、なにがしとかいう大関に抱かれたりして、それから急に相撲が好きになり、帰ると早速お相手の子供たちと相撲をとり始めた。……少年たちが集まれば、組みついたり倒しあったりするのは自然である。菊千代はたいせつな若君ということで乱暴な遊びは禁じられていたが、監視の眼がなければ組みあいも転がしっこもやった。けれどもこんどはじい――樋口次郎兵衛を菊千代はそう呼んでいた――に頼んで庭の一部に土俵場を造って貰い、そこでせいぜい本式のつもりで取組むのであった。
「若さまはごらんあそばすだけでございますぞ」
じいも松尾もこういったが、かれらのいないときには菊千代も土俵場へあがった。