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きくちよしょう

菊千代抄

山本 周五郎

「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页

青空文庫

だが菊千代はやがて飽きて、疲れてさえきた。そんな年ごろの娘たちと、いっしょにくらしたことは初めてで、美しく化粧をし、着飾った姿を見ると、珍しくもあり眼の楽しみでもあった。みんなで話をさせて、久しぶりの江戸言葉で、ばかげたようなたあいのない話をするのについ笑ったこともある。……しかしそれは二十日ばかりのことであった。やがて化粧の香料のつよい匂いが鼻につき若いからだの嬌めいた姿が眼ざわりになった。

「――弥市、馬を出して呉れ」

彼女たちが双六盤などを持って来るのを見て、とつぜんそこを逃げだして、袴も替えず馬でとびだすようなことがしばしばになった。夕餉は小酒宴ときまったようで、黙っていれば更けるまで弾いたり唄ったり踊ったりする。それもうるさくなるばかりで、叱りつけてやめさせるか、さっさと席を去るようになった。

「これからは申しつけるまで音曲は無用だ、また身のまわりのことは松尾にさせるから、呼ばぬ限りは出て来ないように」

ある日どうにも癇が立ったので、葦屋に向ってきびしくそういった。

それは三月下旬の、昼から気温の高いむしむしする日だった。葦屋にそういい渡したあと、弥市を伴れて領分はずれのほうまで歩きまわり、さすがに疲れきって帰って来た。