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おちむしゃにっき

落武者日記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,460 字 · 23 页

青空文庫

に、せめてお傷の手当なりとして行ってくださいまし」

「……かたじけない」

泪をうかべた娘の眼を、祐八郎は泣きたいような感謝の気持で見上げた、……はじめて見る眸子とは思えなかった、真実の籠ったその声も、はじめて聞く声のようではなかった。

「では申しかねるが、御親切にあまえて……」

「さあわたくしの肩へお捉りくださいまし。いいえ、野良育ちでございます、どうぞ御遠慮なくお掛りくださいまし」

娘はまるい肩を、かいがいしく男の腋の下へ入れた。祐八郎は歯を喰いしばって立ち、云われるままに娘の肩へもたれかかった。

崖の下を少し行くと、谿流に沿った岩の上に、水手桶と担い棒が置いてあった。娘はそこへ水を汲みに来て彼をみつけたらしい。……それから右へ、爪先登りに二十間ほど行くと、径は粟畑の前へ出た。熟した果のみごとに生っている柿の木が十四五本、その間をぬけるとすぐ、高い風除けの木に囲まれて、貧しげな農家が一棟建っていた。

「ここでございます、むさ苦しゅうございますけれど、どうぞ我慢あそばして」

「とんだ御雑作をかけます」

「もうそんな御会釈はお止めくださいまし」

云いながら、娘はほとんど男を担ぎあげるようにして、庭へ向いた縁側へと掛けさせ、ふと祐八郎の眼を見て明るく微笑した。