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おちむしゃにっき

落武者日記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,460 字 · 23 页

青空文庫

……関ヶ原の敗戦からすでに三日、追及の手のきびしい関東軍の網の目のように張られた手配りのなかを、夜も日もなく逃げ廻って来た神経は、野獣の本能よりも鋭く、危険を嗅ぎつけることに馴れていた。

――誰かが、そこにいる。

かさッとも動かぬ藪のかなたに、じっとこっちを窺っている者の姿が、祐八郎にはありありと感じられた。……それで強く義兵衛の肩を掴んで引き起そうとした。

「田ノ口、もうひと頑張りだ、立ってくれ」

「…………」

返事はなかった。

「おい田ノ口、義兵衛!」

耳へ口を寄せて呼んだ。それから相手の口許へ耳を押し当てた。……呼吸が絶えていた。祐八郎は慌てて腹帯を解き、鎧の胴をはずしてやろうとした。

すると、そのとたんに、藪を押し分けて来る人の気配がした。

――みつかった。

物音はすばやく近寄って来る。

「義兵衛、冥福を祈るぞ、……さらばだ」

祐八郎はそう囁いて、静かに義兵衛の、もう生命の失せた亡骸を横たえると、近寄って来る物音とは反対のほうへ懸命に逃げだした。

「気付かれた、そっちへ逃げるぞ」

うしろで叫びたてる声がした。

「外から廻れ!」

「鉄砲、鉄砲だ」

噛みつくような喚きが、うしろからと、左手から押し包むように響いてきた。