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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

大阪のはこんな精巧な仕掛はありません、女形の眼なぞは動かないのが普通ですが、淡路のは女形でも眼瞼が開いたり閉じたりしますと、この島の人は自慢をする。要するに芝居全体の効果から云えば大阪の方が賢いけれども、この島の人たちは芝居よりもむしろ人形そのものに執着し、ちょうど我が児を舞台に立たせる親のようないつくしみを以て、個々の姿を眺めるのであろう。ただ気の毒なのは、一方は松竹の興行であるから費用も十分に懸けられるのに、此方は百姓の片手間仕事で、髪の飾りや着附けがいかにも見すぼらしい。深雪でも駒沢でもずいぶん古ぼけた衣裳を着ている。しかし古着好きの老人は、

「いや、衣裳は此処の方がいいよ」

と云って、あの帯は昔の呉絽だとか、あの小袖は黄八丈だとか、出て来る人形の着物にばかり眼をつけて、さっきからしきりに垂涎している。

「文楽だって以前はこんな風だったのが、近頃派手になったんだよ。興行のたびに衣裳を新調するのもいいが、メリンス友禅や金紗ちりめんみたいなものを使われるんじゃ、打ち壊しだね。人形の着附は能衣裳のように古いほど有難味がある」

と、そう老人は云うのである。