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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

要は番附けを手に取って、小春を使っている人形使いの名を捜した。そうしてこれがその道の人に名人と云われている文五郎であるのを知った。そう思って見ると、いかにも柔和な、品のいい、名人らしい相をしている。絶えず落ち着きのあるほほえみを浮かべて、我が児をいつくしむような慈愛のこもったまなざしを手に抱いている人形の髪かたちに送りながら、自分の芸を楽しんでいる風があるのは、そぞろにこの老芸人の境涯の羨ましさを覚えさせる。要はふとピーターパンの映画の中で見たフェアリーを想い出した。小春はちょうど、人間の姿を備えて人間よりはずっと小さいあのフェアリーの一種で、それが肩衣を着た文五郎の腕に留まっているのであった。

「僕には義太夫は分らないが、小春の形はいいですな」

―――半分ひとりごとのように云ったのが、お久には聞えた筈だけれど、誰も合い槌を打つ者もない。視力をはっきりさせるために要はたびたび眼ばたきをしたが、一としきり身の内のぬくまった酔いがだんだん醒めて来るにつれて、小春の顔が次第に刻明な輪廓を取って映った。彼女は左の手を内ぶところへ、右の手を火鉢にかざしながら、襟の間へ頤を落して物思いに沈んだ姿のまま、もうさっきから可なりの時間をじっと身動きもしないのである。