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くらのにかい

蔵の二階

豊島 与志雄

「思索」1949(昭和24)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,351 字 · 27 页

青空文庫

写経が遅々としてなかなか進捗しないのを、ひそかに窺って、二人は却って喜んでいる。

カヨの唯一の贅沢は、寝酒を飲むことだ。土蔵の中は冷えるし、風邪の予防に、というようなことから、いつしか毎晩の癖となってしまった。卵酒を一合五勺ほど、二階に持って上って、炬燵にはいり、ぼんやりなにか考えこみながら、または娯楽雑誌などを眺めながら、ゆっくり味って、それから寝床にはいるのである。ラジオは嫌いで、嘗て二階に桂介が取りつけてやったが、少しも聴かないので、一階に移してしまった。静かな環境を彼女は好きなのだ。

毎晩の卵酒には、桂介夫婦は経済的に困った。酒ばかりでなく、鷄卵と砂糖がいるので、それがつもると、桂介の収入では容易なことではない。だがカヨは、そんなことは殆んど顧慮しなかった。家計がつまってくると、株券でも物品でも、惜しみなく売り払わせた。食物の贅沢などは少しも言わず、何でも食べた。そして寝る前の卵酒だけが、その日その日の楽しみのようである。楽しみばかりでなく、昔の裕福な生活の名残りの夢のようでもある。

家に仔猫が一匹いる。というよりも寧ろ、カヨがそれを飼っている。