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そばのはなのころ
蕎麦の花の頃
李 孝石
「文学案内」1937(昭和12)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,494 字 · 16 页
驢馬まで売りとばすところだったが、なついて来るいじらしさにそれだけは歯を喰いしばって思い止った。結局元の木阿弥のまま行商をやり直す外はなかった。驢馬をつれて邑内を逃げ出した時には、お前を売りとばさんでよかった、と道々男泣きに泣きながら、伴侶の背中を敲いたものだった。借金が出来たりすると、もう身代を拵えようなんてことは思いもよらず、いつも一杯一杯で、市から市へ追いやられるばかりだった。
大尽遊びとはいえ、女一匹ものにしたことはない。そっけないつれなさに、わが身の情なさをしみじみ悟らされるばかりで、このからだじゃ生涯縁がないものと、観念しなければならなかった。近しい身内のものとては、前にも後にも一匹の驢馬があるきりだった。
それにしても、たった一つの最初の想出があった。あとにもさきにもない、一度きりの、奇しき縁ではあった。蓬坪に通い出して間もない、うら若い時分のことだったが、それを思い出す時ばかりは、彼も、生甲斐を感じた。
――月夜だっただが、どうしてそねえなことになったか、今考えてもどだい解りゃしねえ。
許生員は今宵もまたそれをほぐし出そうとするのである。