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たこのごときもの

蛸の如きもの

豊島 与志雄

「改造」1950(昭和25)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 页

青空文庫

「もっとも、わたしがあすこに出かけて行ったのは、貞夫の身体が自由にならない時間、調べ物とか、会合とか、一日がかりの外出とか、そういう場合に限るのだが、それは、一つ家に住んでる親子だから、わたしに分らない筈はない。然し、万一のことがありますからね。用心は用心。用心のための苦心ですよ。」

もうだいぶ遅く、杉小屋はさほど混んでいない。隅っこのボックスの中に身をひそめて、酒杯を挙げる。

「ほう、これはいい家だ。」

ボックスの奥に腰を落ち着けてから、高木老人は初めて屋内を見廻し、しきりに感心してるのである。

ところで、高木老人の話というのが、親馬鹿の標本みたいなものだ。至極平凡なことで、息子の貞夫が女給の百合子に惚れ、金につまり、両親に告白し、結婚の許諾を求めたが、母親の頑強な反対に出会い、欝々として自殺さえしかねまじき態度を取った。母親は一歩も譲ろうとしない。父親、高木老人は、心配の余り、先ず百合子の人柄を観察してみることに決心した。逢ってみると、善良そうな性質らしい。然し場所柄として、金銭のため悪い男に誘惑される恐れもあり、老人は時おり、貞夫にではなく百合子に、或る程度の金を与えてきた。