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くも

蜘蛛

甲賀 三郎

「文学時代」1930(昭和5)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,314 字 · 22 页

青空文庫

そしてドアのそとに飛びだした。(あるいはSはおれが彼を殺すつもりで毒蜘蛛を彼にむけたと思ったかもしれぬ。彼はおれが彼を恨んでいることを多少感づいていただろうし、彼の逃げかたがあまりに真剣だったから)このときにドアは踊り場からほんの少ししか離れていなかったはずである。しかし、ほんのわずかでも離れていてはたまったものではない。彼はたちまち踏みはずして、いったん階段のなかほどに落ちて、跳ねかえって地上に落ちた。彼は即死した。おれの目的は完全にたっせられたが、よし彼が即死しなくても、おれが殺したということができないはずである。目撃者Kはむろんおれの殺意をみとめはしなかった。Sが蜘蛛をおそれて悲鳴をあげて外に飛びだして、勝手に階段からすべり落ちたのである。おれはKが狼狽しているひまに研究室を原状に復した。このときは加速度が加わったはずであるが、Kはすこしも気づかなかった。

×月×日

阿呆どもが研究室の下にきてわいわい騒いでいる。一人ぐらいおれの計略を見破るものがあってよいのだが、そんなやつはいないらしい。

×月×日

Sは死んだ。それは明かな事実だ。しかし、おれはSの死によって予期したようになぐさめられないで、なんだか物足りなくてしかたがない。