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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

帆村は驀地に橋の上をかけぬけた。それから山道に懸ったが、やっと前方に怪人の乗った自動車の姿をチラと認めた。

「うむ、向うの方へ逃げていくな」

道が悪くて、軽い車体はゴム毯のように弾んだ。そのたびごとに、樽の上に御座る店員先生は悲鳴をあげた。

「モシ、樽の上のあんちゃん。この道はどこへ続いているんだね」

暴風雨のような空気の流れをついて、帆村が叫んだ。

「この道なら、有馬へ出ますわ。お店と反対の方角やがナ」

店員先生が、半泣きの声で答えた。

「うむ、有馬温泉へ出るのか。――あと何里ぐらいあるかネ」

「そうやなア。二里半ぐらいはありまっせ」

「二里半。よオし、なんとしても追いついてやるんだ」

帆村の姿と来たら、実にもう珍無類だった。これはあまりにも勇ましすぎた。若い婦人に見せると、気絶をしてしまうかも知れない。なにしろ、正面からの激しい風を喰って、どてらの胸ははだけて臍まで見えそうである。その代り背中のところで、どてらはアドバルーンのように丸く膨らんでいた。ペタルの上を踏まえた二本の脚は、まるで駿馬のそれのように逞しかったが、生憎とズボンを履いていない。帆村は怪人の自動車を追いかけるひまひまに、どてらの禍をくりかえしくりかえし後悔していた。