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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

「蠅男」も決して喋りはしなかった。なんといっても彼自身の秘密は、世間に知られて好ましいものではなかったから。

それほど堅い大秘事が、どうして世間に知られるようにはなったのであろうか?

それは、臭いであった。

煤煙の臥床に熟睡していたグレート大阪が、ある寒い冬の朝を迎えて間もないころ、突如として或る区画に住む市民たちの鼻を刺戟した淡い厭な臭気こそ、この恐ろしい「蠅男」事件の発端であったのだ。

妙な臭い

大阪人は早起きだ。

それは師走に入って間もない日の或る寒い朝のこと、まだあたりはほの明るくなったばかりの午前六時というに、商家の表戸はガラガラとくり開かれ、しもた家では天窓がゴソリと引き開けられた。旅館でも病院でも学校でも、鎧戸の入った窓がバタンバタンと外へ開かれ、遠くの方からバスのエンジンの音が地響をうって聞えてくる。……

「なんやら。――怪ったいな臭がしとる」

「怪ったいな臭?――やっぱりそうやった。今朝からうちの鼻が、どうかしてしもたんやろと思とったんやしイ。――ほんまに怪ったいな臭やなア」

「ほんまに、怪ったいな臭や。何を焼いてんねやろ」

旅館の裏口を開いて外へ出たコックとお手伝いさんとは、鼻をクンクンいわせて、同じような渋面を作りあった。