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はえおとこ
蠅男
海野 十三
「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页
尾行
帆村が数間先に立っていようとは、池谷医師も気がつかなかったらしい。
遊戯室係りの男は、いよいよ喧しい音を立てて、一銭活動の函を取外していった。そしてやがて函の中から取出したのは、この一銭活動フィルムであった。
池谷医師はそのフィルムを受取って大きく肯くと、それを手帛に包んでポケットのなかに収めて、そして連れの女を促して、足早に遊戯室を出ていった。
(尾行したものか、どうだろうか?)
と、そのとき帆村は逡った。
いつもの彼だったら、躊躇するところなく二人の男女の後を追ったことだろう。でもそのときは、恐ろしい惨劇事件に酷使した頭脳を休めるために無理に余裕をこしらえて、この宝塚へ遊びにきていたのだった。そして折角楽しんでいたところへ、妙なことをやっている池谷医師を見たからといって、すぐさま探偵に還らなければならないことはないだろう。それはあまり商売根性が多すぎるというものだ。せめて今日ばかりは「蠅男」事件や探偵業のことは忘れて暮らしたい――と一応は自分の心に云いきかせたけれど、どうも気に入らぬのは池谷医師の行動だった。一銭活動のフィルムを持っていって、どうする気であろう。