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スペインのこい

西班牙の恋

国枝 史郎

「新趣味」1923(大正12)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,387 字 · 49 页

青空文庫

一 熱病やみか狂人か

一 熱病やみか狂人か

私の負傷は癒えなかったけれど、故郷を出てから六月目に、それでもマドリッドへ帰って来た。

私は誰にも逢わなかった。又逢いたいとも思わなかった。しかし、親友のドン・ムリオだけには逢って見たいような気持がした。

「カスピナに逢うのも悪くはない。私は誰でも構わない。慰めてくれる人が欲しいのだ」

ドン・ムリオの一人の妹、十九のカスピナが久しい前から、私を愛してくれていた。私はそれを知っていた。そして私もその乙女をただ一通りには愛していた。とは云え夫れさえあの夜以来――外務大臣の夜会の席で、外務大臣の二番目の娘、マリア姫の姿を見て以来は、一通りの愛さえも消えて了って、濃厚な彼女の心尽しをさえ、五月蝿いことに思うようになった。そして今でも悔いられる程の無情態度を見せたものだ。

然に今ではこの私が、マリア姫から夫れに似た無情態度を見せられている。私もカスピナも不幸なのだ。不幸な女と不幸な男、互に慰め合う可きではないか。

冬薔薇の花の凋みかけた心地よい五月の或夕暮に、私はドン・ムリオを訪問れた。私の家と同じようにムリオの家は此西班牙では最古い家柄であって、長い並木の行き詰まりに十七世紀風の唐門が、いかにも優雅に建っている。