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スペインのこい

西班牙の恋

国枝 史郎

「新趣味」1923(大正12)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,387 字 · 49 页

青空文庫

それは大変上品な華奢な靴跡でございました。刑事の一人は其靴跡を直ぐに手帳に写しました。そして最う一つ不思議なことには、その靴跡と入り乱れて山羊の脚跡が有ることで、検事も警視も予審判事も、解し難いような様子をして、その山羊の脚跡を暫くの間黙って眺めて居りましたが、俄に判事は笑い出してこんな洒落を云ったのでございます。

「いくら何んでも、まさか山羊が、ピストルを放つことは出来ないだろう」

判事の洒落で誰も彼もみんな笑い出して了いました。

それから皆は復其辺を詳細しく探索いたしました。

「おや、手袋が落ちている」

もう一人の刑事が腰をかがめ、冬薔薇の灌木の茂から、黄色い鹿皮の手袋を、一つ急いで拾い上げました。何だか、私は、その手袋に見覚えがあるような気がしました。

「これは結構な手がかりだ」検事は云い云いその手袋を、傍の判事へ示しました。

こうして人達は家の周囲を幾度も廻って調べましたが、他には何んにも見つかりませんでした。

やがて皆は調査を打ち切り、再び兄の屍骸のある室へ、集まって来たのでございます。

みんなは黙って居りました。誰も一言も云いません。

私は母が心配なので(母は卒倒をして以来、自分の寝間へ閉じ籠って、誰の質問にも応じようともせず、唯泣くばかりでございました)一度様子を尋ねようと、兄の室を出ようと致し