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しんらん

親鸞

三木 清

「展望」1946(昭和21)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,550 字 · 73 页

青空文庫

彼は「高僧和讃」を作ってこれら七祖を讃詠したのである。釈迦の出世の本懐の教である弥陀の本願の教は処と時とを隔てたこれらの高僧によって次第に開顕されてきたのである。この伝統はこの法の絶対性を示すものである。親鸞はこの伝統の中に自己の生命を投げ込んだ。彼は一宗の開祖となったが、自身は何ら新しい宗派を立てる意図も自覚も有しなかった。「故聖人のおほせには、親鸞は弟子一人ももたずとこそおほせられ候ひつれ、そのゆへは、如来の教法を十分衆生にとききかしむるときは、ただ如来の御代官をまうしつるばかりなり、さらに親鸞めづらしき法をもひろめず、如来の教法をわれも信じひとにもをしへきかしむるばかりなり、そのほかはなにををしえて弟子といはんぞとおほせられつるなり。」と蓮如は書いている。親鸞にとってはただ伝統が問題であった。しかもこの伝統は彼にとって生死を賭けた絶対的なものである。『歎異鈔』には次のごとく記してある。「親鸞にをきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおほせをかうふりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏はまことに浄土にむまるるたねにてやはんべるらん、また地獄におつる業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり。