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しんらんしょうにんについて

親鸞聖人について

吉川 英治

「毎日新聞」1962(昭和37)年10月1日号から9回に分けて連載

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,038 字 · 29 页

青空文庫

あなた方もチャンと知っている。みんな覚えがあります。

それなんです。明恵が苦しみ、慈円が苦しみ、親鸞が苦しんでいても、しかし、苦しまぬ人もいましたね。僧団のなかにはですよ。醍醐寺(注=京都市伏見区)の稚児及草子というのを見ますと、その当時、すでに僧門のなかには、稚児を愛する風習のあったことがよくわかります。また夜陰忍んでですね、東坂本へ出て、翌朝、口をふいていることもできないわけではなかったのです。だから苦しまない人もあった。

苦しまなかったというのは、しかし表面的です。身を僧門において、清浄のなかに生きている自分をかえりみて、一面で苦しまない人は、内面では非常に罪の意識に責められていたろうと思う。これでは往生おぼつかないですね。俯仰天地に恥じないというわけにはいかないんですね。で、これのできない親鸞ですから、非常に苦しんだのです。そして京都の六角堂へ叡山から百夜通ったというんです。百夜夜ごもりされたんでしょうね。

“どうしたら、いいんです”ということですね問題は。“第一、仏が、神が、矛盾してるじゃありませんか”と食ってかかった気持でしょうな。“生まれ出ないうちにすでに自分にそういうものを、仏さまや神さまが植えこんでおきながら、そしてそれを戒律のナワでしばれというのは、どういうわけです。