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うたせてやらぬかたきうち
討たせてやらぬ敵討
長谷川 伸
「歌舞伎 秋季臨時増刊」歌舞伎出版部、1925(大正14)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,752 字 · 22 页
焔は凄じく大小無数の毒舌をいよいよ吐いていた。
「火をかけて逃げ去りおったに極った」
才蔵はそう感じたのだ。
「なるほど、彼奴にはかられた。まだ遠く逃げ延びもしまい、追いかけよう」
妻きいは蒼くなって、一語も発せず、夫の後について歩いた。
「うわッ火事じゃ、火事だあ」
消魂しく叫んで、のめりそうになって走って行く老僕に眼もくれず、三人は家の周囲を駈けめぐったが、中へ踏み込むことは出来なかった。そのうちに、きいが消魂しく叫んだ。
「屋根の上に、あれ、人が、人が」
慎九郎は血走る眼で睨んだ、板屋を下から突き破ったものか、乱髪になった男が一人、大刀一本を腰に横えて、四方からのぼる、焔と煙の中に閉じこめられ、すっく、と起とうとしては起ち得ず、再び起とうとして起ち得ず、とうとう棟に腰をかけた姿が、落ちて行った日の光より赤い、焔のかがやきに照らし出された。
「あれは宮内じゃ、きい、彼奴じゃ、敵じゃ」
慎九郎はたたらを踏んで、焔の外側を走せめぐった。
「卑怯者ッ、宮内の卑怯者ッ」
甲走るきいの声は、焔と煙とを衝いて、板屋の棟にいる宮内に届いた、宮内はゲラゲラと、精力を一途に集めたような、笑い声を上から浴せかけて酬いた。