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とうふかい
豆腐買い
岡本 かの子
「三田文学」1934(昭和9)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,329 字 · 29 页
ダンテとベアトリーチェがめぐり合ったというアルノー河には冬の霧が一ぱいかかっていた。両側の歩道に店を持つ橋が霧の上にかかっていた。たそがれ。売品の首飾りや耳飾りが簾のように下っている軒の間から爆発したような灯が透けていた。その並び店の中の一軒だった。骨董品店があった。もとよりニセ物のビザンチン石彫の破片やエトラスカの土焼皿などもあって外人相手の店には違いないがその列んだ品物のなかにこの葡萄の蔓模様の鉄の取手があったのに加奈子は心をひかれた。模様の蔓と葉が中世紀特有のしつこく武骨な絡みかたをしていて血でもにじみ出そうで色は黒かった。その時は有り合せの硝子皿に取りつけてあったが外ずして何の皿の提手にすることもできた。加奈子はこれを買った。そして、これにつり合う皿を独逸××会社の硬製陶器から見つけて一つの提げ皿に組立てた。日本へ帰ったら第一にお豆腐を自分で買いに行こう。おそらくあんな古典的な食物はない。お豆腐をこの容物へ入れてわたしの丸い手がこれを提げた姿を気狂いのお京さんに見せてやろう。そしたらお京さんはひょっとしたら悦ぶかも知れない。
焼芋屋の隣に理髪店があるという平凡な軒並も加奈子には珍らしかった。