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ひんみんくらぶ

貧民倶楽部

泉 鏡花

「北海道毎日新聞」1895(明治28)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 55,333 字 · 111 页

青空文庫

「おや、返事をしないね。耳が疎いのか、この襯衣を買って進げよう。」

と答えざれども無頓着、鳶色の毛糸にて見事に編成したる襯衣を手に取り、閉糸をぷつりと切りぬ。

これのみにても眼覚しきに、肩掛をぱっと脱棄てたり。慈善会場の客も主も愕然として視むれば、渠はするすると帯を解きて、下〆を押寛げ、臆する色なく諸肌脱ぎて、衆目の視る処、二布を恥じず、十指の指す処、乳房を蔽わず、膚は清き雪を束ね、薄色友禅の長襦袢の飜りたる紅裏は燃ゆるがごとく鮮麗なり。世に馴れては見えたまえど、もとより深窓に生育ちて、乗物ならでは外に出でざる止事無き方々なれば、他人事ながら恥らいて、顔を背け、頭を低れ、正面より見るものなし。

秋水を佩ける将校もあり、勲章を帯べる官吏もあり、天下有数の貴婦人、紳士、前後左右を擁せる中に、半身の裸美自若として突立ちたるは、傍若無人の形状かな。

「何だ。」「何者だ。」「野蛮極る。」「狂人だ。」と一時に動揺めく声の下より朗に歌うものあり。

色は天下の艶たり、心はすなわち女中の郎。

喝采と手を拍つもの五七人。

婦人は毀誉を耳にも懸けず、いまだ売買の約も整わざる、襯衣を着けて、膚を蔽い、肩を納め、帯を占め、肩掛を取りて颯と羽織り、悠々として去らんとせり。