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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

07 おくめ殺し

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,548 字 · 47 页

青空文庫

角三は二十五になる。父は加吉といって畳屋の職人だったが、ついに自分の店を持つことはできなかった。

角三は十二歳のとき、下谷の「灘紋」という、料理屋の板場へ奉公にはいり、板前の腕を身につけた。好きで選んだ職ではあったが、天分がなかったというのであろう、はたちになるまえ、「おれの腕は一流の料理屋には向かない」ということに自分で気がついた。それ以来、いっそめし屋をやろう、という気持になり、酒も遊びも断って金を溜めた。――板場の職人といえば道楽者が多い、環境と仕事によるのだろうが、酒と女は殆んど付き物のようであった。しかし角三は自分の腕の限度を知り、「めし屋をやる」という肚をきめたので、なかまに軽蔑されながら、できる限りきりつめて金を溜めた。

このあいだに、角三はおたねと近づき、やがて夫婦約束をするようになった。彼女は早く両親に死なれ、祖父の多助に育てられた。多助は夜鷹そば屋をやっていて、まだ十二三のころからおたねは、仕込みも手伝ったし、夜は祖父といっしょに稼ぎにも出た。けれどもおととしの冬、祖父の多助は軽い卒中にかかってから、急に足腰が不自由になり、頭もぼけてしまって、稼ぎに出られなくなった。