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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

01 狂女の話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,384 字 · 41 页

青空文庫

まさかこんな「養生所」などという施療所へ押しこめられる筈はない。長崎で修業して来たから、なにか参考に訊かれるのだろう。この男は誤解しているのだ、と登は思った。

門から五十歩ばかり、小砂利を敷いた霜どけ道をいくと、その建物につき当った。すっかり古びていて、玄関の庇は歪み、屋根瓦はずれ、両翼の棟はでこぼこに波を打っていた。津川玄三は脇玄関へいき、履物を入れる箱を教え、そこから登といっしょにあがった。

廊下を曲っていくと溜り場があって、そこに人がいっぱいいた。診察を待つ患者たちであろう、中年以上の男女と子供たちで、みんな貧しいみなりをしているし、あたりはごみ溜か、腐敗した果物でもぶちまけたような、刺戟的な匂いが充満していた。

「かよい療治の連中です」と津川は鼻のさきを手で払いながら云った、「みんな無料で診察し投薬するんです、生きているより死んだほうがましな連中ですがね」そしてひどく渋い顔をし、片万へ手を振った、「こちらです」

渡り廊下をいって、右へ曲ったとっつきの部屋の前で、津川は立停って自分の名をなのった。部屋の中から、はいれという声が聞えた。よくひびく韻の深い声であった。