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あし
足
豊島 与志雄
「新小説」1925(大正14)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,967 字 · 8 页
私は手を伸して、上の寝台の縁をこつこつ叩いた。
「危いですよ……落ちますよ……足が落ちかかっていますよ……足が……。」
カーテンの中で、眼ざめた息の音がした。
「危いですよ。足が落ちかかっていますよ。」
「それは……どうも……有難う。」
と同時に、足がすっと引込んでしまった。私はほっと安心して、寝台の中にもぐり込んだ。そしてカーテンを引いた。
ところが何だか変に眠れなかった。その上、列車は間もなく沼津駅に停車して、夜更けの駅の淋しい物売りの声などに心惹かれて、眼は益々冴えて来た、私は仕方なしに、雑誌を取出して、カーテンを少し開いて、薄暗い中で読み初めた。がそれも気乗りしなかった。いつしか雑誌を投り出して、先刻の足のことなんかを考えていた。
その男は、東京か横浜あたりから乗り込んで、十時に私が国府津で乗車した時には、もう寝入っていたに違いない。なぜなら、上の段にいる彼の存在が、少しも私の気にとまらなかったから。そして彼は、私が食堂にいってるうちに、熟睡の余り足を投げ出したのだろう。……それにしても、汽車の寝台から、それも下の段ならまだしも上の段から、足をぶら下げるなんて、随分思いきった不作法な寝相だ。