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じてん
辞典
戸坂 潤
「経済学大辞典 第四巻」岩波書店、1931(昭和6)年10月、「経済学大辞典 第五巻」岩波書店、1932(昭和7)年1月、「経済学大辞典 追補」岩波書店、1936(昭和11)年10月、「教育学辞典 第一巻」岩波書店、1936(昭和11)年5月、「教育学辞典 第二巻」岩波書店、1937(昭和12)年2月、「現代哲学辞典」日本評論社、1936(昭和11)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,131 字 · 186 页
はない。)
ヘーゲルによれば形而上学を批判しようと試みたカント自身、依然としてこの形而上学の立場(即ち形式論理学・機械論)に立っている。その著しい例はカントの物自体の概念であって、之はカントによって現象から絶対的に隔絶されて了っている。物そのものはカントのように機械的に之を現象から隔絶孤立して了えばこそ、形而上学的観念となるので、物そのものとその現象との関係をこのように絶対化すること自身が、形而上学的だったのだ、というのである。
ヘーゲルの弁証法を今茲に詳しく説明していることは出来ない。併し注目すべきは、多くのヘーゲル主義的論理学者が、一種の全体主義に立ち、弁証法的論理を全体主義的論理で以て置き換えている、という現象である。B・ボーザンケトやB・クローチェ等がその代表者である。(一般のヘーゲリヤンや新ヘーゲル学派は今は論外である。)即ちこの種のヘーゲル主義的論理学者は、ヘーゲルの弁証法の内に、弁証法というよりも寧ろ有機体説を見るのである。そして之はヘーゲルの弁証法自身に責任があるのである。
ヘーゲル弁証法の体系――それは往々汎論理主義とか論理学的発出説とか云われている――は、決して卒然として思いつかれたものや何かではない。