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じてん

辞典

戸坂 潤

「経済学大辞典 第四巻」岩波書店、1931(昭和6)年10月、「経済学大辞典 第五巻」岩波書店、1932(昭和7)年1月、「経済学大辞典 追補」岩波書店、1936(昭和11)年10月、「教育学辞典 第一巻」岩波書店、1936(昭和11)年5月、「教育学辞典 第二巻」岩波書店、1937(昭和12)年2月、「現代哲学辞典」日本評論社、1936(昭和11)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,131 字 · 186 页

青空文庫

――フィヒテの知識学の諸叙述が次第に論理的なものから宗教的なものに移行して行ったことは興味ある事実でなければならない。従って始め当為や努力の裡に考えられていた意志の弁証法は、後に到ってはもはや現実自身のもつ規定ではなくて絶対者たる現実に関する体系的叙述のみが有つ規定にまで限定されたことは注目に値する。――祖国のために全力を挙げていたフィヒテは、ベルリンの衛戌病院に特志看護婦として働いていた忠実な妻がチブスで倒れて間もなく、妻の病気が伝染して死んだ。

カント自身は夫を承認しなかったが、フィヒテは初め自分の哲学が全くカント哲学を原理によって組織化するものに外ならぬと信じていた。この組織・体系の概念はヘーゲルの観念論の体系に到って最も具体的な形を取ったものである。併しフィヒテの観念論がカントの夫と異なる特色はそれが何よりも専ら倫理的或いは宗教的であった点に存する。と云うのはフィヒテにとってはカントが実は最初の問題となし、後にはまたシェリングが取り上げた処の自然という概念は、至極軽い位置をしか与えられていないのである。フィヒテの全集は同じく哲学者である息子の小フィヒテによって出版された(本集八巻、遺稿三巻)(一八三四―五年)。