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ついおく
追憶
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,363 字 · 35 页
或る日いつもの様に庭木戸の方から入って来た彼は、縁側にドサリと腰を下すと持って来た杖がころがったのに耳もかさず、妙にソーケ立った様な顔をしてだまって溜息を吐いて暫くしてから、
「余程弱ったものと見えて今日は来る道に目が廻って仕様がなかった。
高等学校の角で三十分もしゃがんで居た。
とさもげんなりした様に云った。
此の時位私の心に彼に対して憐みの湧いた事はなかった。
今までは叔父と云えばどうしても自分より偉く強く、どんな時でも困る苦しい事はない人だと云う様な気がして居たのが根底から引っくり返されて仕舞ったのである。
彼の棒を並べた様な垣によっかかって、人の足元の塵を浴びながら叔父ちゃんが苦しがって居るのに、沢山通る人の一人もどうしたのかと云ってさえ上げる人はないのか。
何と云うひどい人の集まりだろう。
何故自分が行ってそんな悪い人達を睨みながら大切にお叔父ちゃんを連れて来て上げなかったろう。
私は自分自身の手ぬかりの大いさに苦しめられると共に「悪い大人共」に対する憎しみで体が震える様であった。
そして彼に対する大人らしい同情が一層愛情を強く燃えたたせて、彼の味方は世界中に自分がたった一人有るばかりだと云う肩の折れそうな責任と誇りを感じたのであった。