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とじょうのはんにん
途上の犯人
浜尾 四郎
「犯罪科学」1930(昭和5)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,477 字 · 38 页
例えば円タクの運転手の顔とか帝国ホテルのボーイの顔とかを。
すると突然一昨夜、新宿から塩町までの市電の中で此の変な男を見たのをようやく思い出したのだった。
無論意味なく電車の客をおぼえているわけではない。私がその時この男に注意したのには十分理由があった。
新宿から私が電車に乗った時この男は一緒に乗り込んで来た。それからあと殆ど私の顔を見つめ通しだったのである。車掌が切符を切る時にも、こっちを見ていてぼんやりして何か車掌に云われていた位だった。
私はその時「いやな奴だ」と思った。こんな場合、視線の戦いには決して一歩も譲らぬ事にしている私ははっきりと逆に睨み返してやった。するとこの男はすぐに目をそらしてしまう。そうして、私が他へ視線をやると又ちゃんと私を見ているのだから実にやり切れない人間である。
しかし塩町で下車してしまってあそこの雑踏に足を入れた瞬間から私はこの男の事を全く忘れてしまった。もし今列車で再会しなければ一生思い出す筈のなかった顔なのであった。
その男だ。たしかにあの男だ。あの妙な男が今同じ列車に乗って居るのである。
私は今更、雑誌一つ持たずに乗った事を後悔した。