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ゆけるマクシム・ゴーリキイ
逝けるマクシム・ゴーリキイ
宮本 百合子
「婦人公論」1936(昭和11)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,396 字 · 17 页
「こうして、初恋の歴史――その悪い終末にも拘らず、よい歴史は終りを告げた」のであった。
一九〇一年、ゴーリキイは初めて首都ペテルブルグに現れた。今は誰知らぬ者ない「フォマ・ゴルデーエフ」の作者として。「三人」の作者、「鷹の歌」の作者、フランスのアカデミーからユーゴー百年祭の招待が来た国際的な作家マクシム・ゴーリキイとして。トルストイ、チェホフ、アンドレーエフなどが知友に数えられるようになっていたが、その時分のゴーリキイの風采というものはいつもチェホフを辟易させたルバーシカ一点張で、こんなことさえあった。或る日ゴーリキイがペテルブルグ市中の或る橋を歩いていると、理髪屋風の二人連の男がゴーリキイを追い越して行った、が、その一人の方がびっくりしたように伴れに小声で云った。
「見ろ! ゴーリキイだぜ」
もう一人の男は立ち止ってゴーリキイの頭の天辺から足の先までじろじろと眺め、やり過してから夢中になって云った。
「えい! 畜生ゴム靴をはいてやがら!」
一般のゴーリキイに対する熱中が高まるにつれ、その影響をおそれる側からの迫害がはじまった。一九〇一年の四月に、ゴーリキイは労働者のために檄文を書いた廉で罪に問われ、起訴された。