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へんろ
遍路
斎藤 茂吉
「時事新報」1928(昭和3)年2月10日~13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,864 字 · 6 页
遍路は昨日のと違って未だ若い青年である。先ほど見た一人の旅人はこの遍路であったのだから、遍路はかれこれ三十分も此処に休んでいるのであった。遍路は眼が悪いということをいった。なるほど彼の眼は一眼全く濁り、片方の瞳にも雲がかかっていた。遍路の話を聴くに、もとは大阪の職人であった。相当に腕が利いたので暮しに事を欠くということがなかったのだが、ふと眼を患って殆ど失明するまでになった。そこで慌てて大阪医科大学の療治を乞うたけれども奈何にも思わしくない、そのうち一眼はつぶれてしまった。それのみではなく、片方の眼もそろそろ見えなくなって来た。彼はせっぱつまって思い悩んだ揚句、全く浮世を棄てて神仏にすがり四国遍路を思立った。然るに、居処不定の身となり霊場を巡っているうちに、片方の眼が少しずつ見えるようになって来た。彼はますます神仏にすがって到頭四国の遍路をおえた。その時には眼がよほど好く見えるようになった。
その時彼は、もうこれぐらいで沢山である。もうそろそろ信心の方も見きりをつけて浮世の為事をして見ようと思ったそうである。そして逡巡しているうちに、眼は二たび霞んで来てもとのようになりかけたそうである。