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かとにん

過渡人

豊島 与志雄

「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页

青空文庫

」

「はい決してもう致しません。断じて……誓って申します。」

「ではそれでいい。が君がこれから僅かの月給で働くとして、君の母親はどうなるんだい。」

「えっ! 母が……。」

「それは助かる見込みがあるのかね。」

「それは私には分りません。然し只一人の親と子です。私は出来るだけのことを致します。その上母は此度のことをよく知っています。聞かれましたのですっかり私は云ってしまいました。母はそのことを非常に気の毒がり心配致して居ります。私がまた会社に出るのを見ましたらどんなに安心致すか分りません。それ以上のことは私は天命と諦めます。ただ母に心配させたくありません。そして自分で出来るだけのことはしてみたいと思います。屹度、屹度母の病気を直してみせます。」

「ああ直すがいい、働くがいい、君は幸福だ。」そして矢島さんはじっと笹尾の眼の中を覗き込んだ。

「場合によってはまた盗むがいい。」

「えっ! 何を仰言るんです。」

「なに君でなくても、今の資本家対労働者の関係に何処か不合理なもののあること位は俺も知っている……君は今母親のことを話しながら目に一杯涙を湛えている。然し俺は、君が先に左手を挫いた時の眼の光りをまだ覚えている。