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かとにん

過渡人

豊島 与志雄

「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页

青空文庫

俺はこの気持ちを或は自然の印象のせいかとも思う。春になり切れない自然のうちには、如何に柔い光線としっとりとした陰影とはあっても、猶痛ましい荒凉を湛えている。寒風に荒された自然の膚がまだ露出している。不調和なものが其処に在る。そしてその落ち付かぬ不調和の底から新らしいものが、新らしい生命が、一斉に萠え出でようとしている。……そういう自然のうちに新らしい謎が醸される。そしてそれが俺の心に触れたのかも知れない。

俺は空と地とを自分の心で触ってみた。空は柔く霞んだ大気が一杯に太陽の光線を孕んでいた。地には真黒い大地の膚から青い麦の芽がひょろひょろと出ていた。枯れた叢のうちに蒲公英の花が一つふっと咲いてるのもあった。それから小さい流れの岸に立つと、おう、冷たい水と、それに映じた空の光り、静かな音を立てて流れる水に暖い日の光りが吸い込まれてゆく。……何かが眼を見張っている、何かが静に微睡んでいる。

自然のうちに何処かに穴があいてるように俺は感じた、そして自分のうちにも何処かに穴が開いているのを。そういう感じが俺の心を自分の方へ集注さした。俺は余り呑気にしてはおれなかった。