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どうけやく
道化役
豊島 与志雄
「中央公論」1934(昭和9)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,093 字 · 42 页
それは彼女の耳だ。
彼女の耳朶は、上部は普通だが、後部のなかほどが、欠けたように凹み縮れて、下部が醜く反り返っていた。ただそれだけであるが、それが私の眼には、彼女の体躯の不具的欠陥とも云えるほどに拡大されて映った。而もなおいけないことには、その不具的欠陥は何か内部的な例えば内臓にでも関係ありそうに思えるのだった。一体人間の肉体的欠陥には、単にそれだけとして止って、それが他の部分の健全な美を一層引立てるような、愛すべきものもある。然しそれが他の内臓的関係までありそうに思わせるものは、ひどく醜悪になる。私は信子の耳にそうした醜悪さを感じた。と云っても彼女は、健康な若々しい娘だった。ああ、彼女はどうしてあの致命的な醜悪な耳を持って生れたのだろう。私の運命の狂いは、大半は彼女のその耳から由来したと云ってもいい。
彼女に逢っていると、私はその耳から反撥させられた。彼女は意識的にかどうか分らないが、その耳をなるべく隠すような、少し老けた洋髪に結っていたが、秘密を知ってる私の意地悪い眼は、そんなことにごまかされはしなかった。見まいと思っても、髪の毛をかきわけてまで見つけ出すのだった。