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ちがうへいはちろう
違う平八郎
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,142 字 · 27 页
「そんな弱い心で立派な武士が……」
男勝りの寧々はきりきりと唇を噛んだが、相手の恥ずかしそうな顔色を見ると詰るような口調を急に変えて、
「まあ此方へ来てお掛け遊ばせ」
と自分から先に泉亭へ入って行った。――そして平八郎が来て腰掛へ掛けるのを待って云った。
「貴方は伊勢の戦に、空壕の中で草を被っていたと聞きましたが、わたくしには迚も信じられませぬ。本当なのですか」
「不甲斐ないことですが、本当です」
「そんなに貴方は命が惜しいのですか」
「そうではないのです。否や、そうでないと云っては嘘かも知れません。……お話し申上げたいが、聴いて下さいましょうか」
そう云って振向けた彼の眼は、母に縋る幼児のような切ない色を湛えていた。――寧々はその眼を抱緊めるように受けて頷いた。
「拙者は飛騨国大野郡で生れました」
と平八郎は静かに話しだした。「家は数代伝わる郷士で父は本多市正と申します。祖父は平八郎と云って北条氏康の旗下に豪雄の名を挙げたとか、それにあやかるようにと父は祖父の名を拙者に付けて呉れました。――拙者も斯く戦国の世に生れたからは、遖れ戦場に高名手柄をたて、一国一城の主に成りたいという野心に変りはなく、幼少の頃より武道専一に励んで参りました。