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ちがうへいはちろう
違う平八郎
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,142 字 · 27 页
「云訳なら聞かずとも宜い、遠路の使に賞でて、許してやる。行って会って来い」
「あの、お許し下さいますか」
「誰ぞ平八を呼んで参れ」
側近の侍が走って行った。
――そこへ、柴田勝家、池田信輝、木下秀吉、佐久間信盛らが走り集って来たので、お寧々はそっと幕営の外へ出て行った。
捜しに行った侍は間もなく戻って来た。そして平八郎が何処かへ身を隠した事を告げた。
「身を隠したとは……?」
お寧々は恟りとして、
「まさか脱走したという訳ではあるまいね」
「それがどうもそうらしいので」
「そうらしいとは?」
「武具、旅嚢、馬、なに一つ残って居らず、何処へ行ったか誰も知る者がござりませぬ、命なくして持場を離れることは軍令に反きますゆえ、恐らくは……」
お寧々はきっと唇を噛んだ。
――遅かった!
正に遅かったのである、平八郎はお寧々が使者の中にいるのを見たのだ、そして彼はそのまま陣営から逃出して了ったのだ。
信長は越前攻略の軍を収めて還った。
朝倉、浅井、六角を相手に、運命を賭しての合戦を始めるのだ。信長は三河の徳川家康に援軍を乞い、兵備を革めて一大決戦の体勢をととのえた。――是が有名な姉川の役で信長の生涯を通じての最も苦戦した戦であり、同時にまたその天下に於ける覇権を確実にしたものであった。