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じゃしゅうもん

邪宗門

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1918(大正7)年10~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,184 字 · 79 页

青空文庫

「機織りの声が致すのは、その方にも聞えような。これを題に一首仕れ。」と、御声がかりがございました。するとその侍は下にいて、しばらく頭を傾けて居りましたが、やがて、「青柳の」と、初の句を申しました。するとその季節に合わなかったのが、可笑かったのでございましょう。女房たちの間には、忍び笑いの声が起りましたが、侍が続いて、

「みどりの糸をくりおきて夏へて秋は機織りぞ啼く。」と、さわやかに詠じますと、たちまちそれは静まり返って、萩模様のある直垂を一領、格子の間から月の光の中へ、押し出して下さいました。実はその侍と申しますのが、私の姉の一人息子で、若殿様とは、ほぼ御年輩も同じくらいな若者でございましたが、これを御奉公の初めにして、その後も度々難有い御懇意を受けたのでございます。

まず、若殿様の御平生は、あらあらかようなものでございましょうか。その間に北の方も御迎えになりましたし、年々の除目には御官位も御進みになりましたが、そう云う事は世上の人も、よく存じている事でございますから、ここにはとり立てて申し上げません。それよりも先を急ぎますから、最初に御約束致しました通り、若殿様の御一生に、たった一度しかなかったと云う、不思議な出来事の御話へはいる事に致しましょう。