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じゃしゅうもん
邪宗門
「東京日日新聞」1918(大正7)年10~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,184 字 · 79 页
と申しますのは、大殿様とは御違いになって、天が下の色ごのみなどと云う御渾名こそ、御受けになりましたが、誠に御無事な御生涯で、そのほかには何一つ、人口に膾炙するような御逸事と申すものも、なかったからでございます。
六
その御話のそもそもは、確か大殿様が御隠れになってから、五六年たった頃でございますが、丁度その時分若殿様は、前に申しあげました中御門の少納言様の御一人娘で、評判の美しい御姫様へ、茂々御文を書いていらっしゃいました。ただ今でもあの頃の御熱心だった御噂が、私どもの口から洩れますと、若殿様はいつも晴々と御笑いになって、
「爺よ。天が下は広しと云え、あの頃の予が夢中になって、拙い歌や詩を作ったのは皆、恋がさせた業じゃ。思えば狐の塚を踏んで、物に狂うたのも同然じゃな。」と、まるで御自分を嘲るように、洒落としてこう仰有います。が、全く当時の若殿様は、それほど御平生に似もやらず、恋慕三昧に耽って御出でになりました。
しかし、これは、あながち、若殿様御一人に限った事ではございません。あの頃の年若な殿上人で、中御門の御姫様に想いを懸けないものと云ったら、恐らく御一方もございますまい。