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じゅうきちひょうりゅうきぶん

重吉漂流紀聞

久生 十蘭

「小説公園」1952(昭和27)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页

青空文庫

いずれ明日またお呼びだしがあるのだろう」

と長崎の町の景色を話してきかせると、半兵衛は、

「おぬしはいい見物をなされた。一と目でいいから、おれも麦の穂を見たかった」と嫌味めかしたことをいった。

翌朝、早く起き、お呼びだしのあるのを待っていたが、端舟が舟と岸の間をいそがしそうに往来し、薪炭、生牛などを積み取る騒ぎが見えるばかりで、迎いらしいものも来ない。せわしさにまぎれて忘れているのではなかろうかと、エベットのいる部屋へ行って、

「長崎の御役所のお呼びだしはまだでございますか。わたくしのほうは、先程から仕度が出来ております」

と催促すると、エベットは片言の日本語で、

「ナガサキのオヤクショ」

と鸚鵡がえしに聞きかえし、眉根に皺をよせて考えているふうだったが、やがて、

「ナガサキは五千里、波の上」

と、あわれむように重吉の顔を見ながら、いま居るところは、北アメリカと南アメリカの間にあるノヴァ・イスパニヤ(メキシコ)という国の港で、長崎から五千里ほど東になっているといい、ここがナガサキ、ここがここの港と壁に貼ってある地図を指で押してみせた。

この国は、大海原を間において、日本と足合せになっていることがこれでわかったが、地図に書かれた海原の広さは只事ではなく、よくもよくも、こんなところまで流れ着いたものだと呆れるばかり