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やこ

野狐

田中 英光

「知識人」1949(昭和24)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,615 字 · 39 页

青空文庫

だが、催眠剤は勿論、沼津からも酒を飲みはじめ、夜中の十二時になっても、わが家に帰る気がしない。妻のぷッと膨れた冷たい顔をみるのが辛いのである。十二時頃、千二百円でハイヤーを雇い、M海岸まで帰ったが、そこでわが家を指呼の間に望みながらも帰る気になれない。家の下に、淫売宿をかねた飲み屋のあったのを幸い、そこの框に腰かけたままで、酒を飲みはじめ、夜中の三時ごろになって、やっと、わが家に帰った。

帰る途中、畑に顛落して、つき指をしたり、苦心惨憺、やっとの思いで妻子のもとに帰ったのだが、妻は尋常の夫の放蕩とのんきに思いこんでいるらしく、チクチク皮肉をいうばかりか、子供たちにも私を悪者と教えこんでいた。そこで私の気持は急転直下、妻子を棄てて、桂子と一緒になろうと思い、そのことを妻子に宣言して、再び、東京の桂子のもとに帰った。

すると妻は子供たちを連れ、すぐ東京の実家に泣きこみにいった。そこで親戚会議のようなものが始まる。その席上に、桂子は催眠剤をのんでいった。彼女は私よりも少量でもっとベロベロになる。だから私の姉たちが、子供たちの将来を思い、私のすぐ上の姉の離れの十畳間に、私の妻子を引取ろうというのも承知しないし、五十万円の離縁金で、すぐに妻を離籍しろと強硬にいいはる。