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きんば

金歯

小川 未明

「文芸」1935(昭和10)年3月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 7,108 字 · 14 页

青空文庫

」と、母親は、答えたが、鋭いあらしの音に、耳を澄ましていたようです。

そのうちに、くぐり門の戸が開くと、ぼろぐつを、玄関口の敷石に突っかけるようにして、引きずりながら、勝手の方へまわった音がしました。

「あ、帰ってきた。」

そういった、母の言葉の調子には、一種の安堵があらわれていました。さき子は、立って、木枯らしの中を歩いてきた弟を出迎えました。

「外は、寒かったでしょう。」

「なんだか、ものすごい空になってきた。」

「令二、絵は描き上がりましたか。」と、母親が、ききました。

「やっと描き上げました。」

「そう、見せてくれない?」と、姉は、両手を差し出して、弟の手から、二枚重ね合わせたカンバスを受け取ろうとした。

「いや、見てはいけない!」

令二は、強く拒否しました。

「私たちにも、よくできているか、そうでないかくらいはわかりますよ。だれに見せようと思って、一所懸命描いたの。見せるための絵なら、真心をもって、見てわからぬはずはありません。おまえのことをいちばん真剣に考えているのが、私とさき子でないか。」と、母親がいいました。

「そうよ、お母さんの金歯まで売って……。