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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

12 悲願百両

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,957 字 · 31 页

青空文庫

その――。」

竜の手、とは言わなかったが、老人は、すぐそれと感づいたに違いない。嫌な顔をして、黙った。

藤吉は、構わず、上り込んで、部屋の隅の壁に凭れて、坐った。

仏壇に、新しい白木の位牌が飾ってある。燈明の灯が、隙間風に、横に長かった。

惣平次とおこうは、炉を挾んで対坐したまま、黙して、石のように動かない。勝手に上り込んで、影のように壁ぎわに腕を組んでいる、見慣れない、不思議な客――いや、その藤吉親分を、ふしぎな客と感ずるよりも、藤吉の存在それ自身が、二人の意識に入っていないらしいのだ。

「あの部屋で、三人じっと無言でいた時ほど、凄いと思ったことはねえよ。」

後で藤吉が、述懐した。

本所の南、五本松の浄巌寺に、庄太郎の遺骸を埋めて、今は陰影と静寂の深い家に、老夫婦は、こうして、ぼんやりすわって来たのだった。

あんまり急な出来事なので、庄太郎の死を、現実に受け取ることは、なかなかできなかった。いまにも、あの元気な顔で、最後の朝、出がけに言ったように、安房屋の煮豆でも提げて、ぶらぶら帰宅って来そうな気がしてならない。

とにかく、これでお終いという法はない。