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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
10 宇治の茶箱
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,760 字 · 24 页
「彦。」
と藤吉が顧みた。
「うるせえこったのう。が、夜の明ける前にゃ一つ形をつけるとしようぜ。」
「お役目御苦労。」
と彦兵衛は笑った。
「戯けるねえ――それにしてもこう押し詰ってから大黒柱がぽっきりと来た日にゃあ、徳撰の店も上ったりだろうぜ。そこへ行くと、お前の前だが、一代分限の悲しさってものさのう。」
二
永代の空低く薄雲が漂っていた。
彦兵衛一人を伴れた釘抜藤吉は、そのまま八丁堀を岡崎町へ切れると松平越中守殿の下屋敷の前から、紫いろに霞んでいる紅葉橋を渡って本姫木町七丁目を飛ぶように、通り三丁目に近い具足町の葉茶屋徳撰の店頭まで駈けつけた。
「五つごろまでに埒があいてくれるといいが――。」
一枚取り外した大戸の前に、夜来の粉雪を踏んで足跡の乱れているのを見ると、多年の経験から事件の難物らしいのを直感した藤吉は、こう呟きながら、その戸のなかへはいり込んだ。燭台と大提灯の灯影にものものしく多勢の人かげが動いているのが、闇に馴れない彼の眼にもはっきりと映った。
「これは、これは、八丁堀の親分。ようこそ――と言いてえが、どうもとんだことで、さ、さ、ずっと――なにさ、屍骸はまだそっとそのままにして置場にありやすよ。