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つりしのしんきょう

釣り師の心境

坂口 安吾

「文学界 第三巻第六号」1949(昭和24)年8月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,544 字 · 11 页

青空文庫

一度はずいぶん遠い町外れのタンボの中の水溜りであった。沼だの池などというわけに行かない。五間四方ぐらいの水溜りなのである。廻りに肥えダメなどがあって異臭が溢れ、こんな水溜りで釣れたフナなど、一目環境を見た人なら食う気持にはなれない筈であった。すぐ頭上には土堤があって、そこへ上ると眼下に古利根がうねり、葦が密生している。こっちは、とにかく景色がいゝ。渓流とか、海とか、釣りなどゝいうものは風流人のやることで、無念無想、風光にとけこんでいる心境かと思ったら、とんでもない話なのである。土堤の向うに古利根の静かな澱みがうねっているというのに、彼らは肥えダメの隣りに坐って水溜りへ糸をたれてセカセカしているのである。おまけに一日かゝって二三匹しか釣っていなかった。私は呆れて、見物をやめて、土堤へ上って古利根の方を眺めていたら、葦の繁みから銃声が起った。みると、小舟が繁みをわけて行く。鉄砲の旦那と、芸者が二人乗っていた。この方が俗であろうが、肥えダメの隣りの三人の心境が澄んでいるとは思われない。彼らは血走っているのである。セカセカと移動し、舌打し、又セカセカと水溜りを廻ってヤケクソに糸を投げこんでいるのであった。