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かぎ

鍵

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页

青空文庫

午前七時、婆やが来たので、敏子が午後にまた来ると云って、いったん関田町に帰った。

敏子の出て行くのを待って木村の宿へ電話する。詳細に容態を知らせる。今のところ見舞に来ることは差控えた方がよい旨を告げる。気が済まないからちょっとでも行かしてほしいと云う。が、病人は半身不随で言語は自由を缺いているけれども、意識は全然昏濁しているというのでもないらしい、だから木村の顔を見て興奮する恐れがないとは云えない由を語る。では病室へは通らない、玄関まででも行かしてくれと云う。

九時頃から夫が鼾を掻き始める。夫は常に鼾を掻く癖があるのだが、今日のは特別に物凄い鼾で、いつものと違うように思う。それまでは朦朧たる意識が働いていたように見えたが、いつの間にか昏睡状態に入ったらしいのである。また木村に電話して、この工合なら病室へ通っても差支えないと云ってやる。

十一時頃児玉氏より電話。相馬博士と連絡が取れた、午後二時そちらへ往診に見えられる由であるから、私も立ち合いますと云う。

午後零時半過ぎに木村が来る。月曜日の授業の合間に抜けて来たのである。病室に通り、三十分ほど枕元に侍坐する。