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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
あると云っているのは、真実に違いないと思う。私はその一事については寸毫も彼を疑っていない。が、同時に私も当初においては彼を熱愛していたことを、認めて貰いたいのである。「遠い昔の新婚旅行の晩、………彼が顔から近眼の眼鏡を外したのを見ると、とたんにゾウッと身慄いがしたこと」も事実であり、「今から考えると、私は自分に最も性の合わない人を選んだらしい」ことも、時々彼に面と向ってみて、「何という理由もなしに胸がムカムカ」したことも事実であるに相違ないが、そうだからといって、私が彼を愛していなかったということにはならない。「古風ナ京都ノ舊家ニ生レ封建的ナ空気ノ中ニ育ッタ」私は、「父母の命ずるままに漫然とこの家に嫁ぎ、夫婦とはこういうものと思」わされて来たのであるから、好むと好まないとにかかわらず、彼を愛するよりほかに術はなかった。まして私には「今日モナオ時代オクレナ舊道徳ヲ重ンズル一面ガアリ、或ル場合ニハソレヲ誇リトスル傾向モア」ったのである。私は胸がムカムカするたびに、夫に対しても、亡くなった私の父母に対しても、そういう心持を抱く自分自身を浅ましいとも、申しわけがないとも感じ、そんな心持が起れば起るほど、なおさらそれに反抗して彼を愛するように努めたし、また愛し得ていた。