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かがみのなかのつき

鏡の中の月

宮本 百合子

「若草」1937(昭和12)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,290 字 · 15 页

青空文庫

「すぐひやしといて――私もたべずに来たの」

瀧子は白玉を冷たい井戸水の中にうつした。

出してやった瀧子の浴衣にくつろいで白玉もたべ終り、ゆき子は最後の赤い小布が張板にのされるのをぼんやり眺めていたが、やがてちょっと改まった声で、

「ねえ、ちょっと」

瀧子によびかけた。

「なあに」

「あなた、どうしても山口さんとこへ行く気しない?」

いかにも意外な言いかたである。瀧子は思わず目を瞠って、

「何故そんなことを言うの、今更――」

まじまじとゆき子の顔を打ちまもった。ゆき子は極りわるげで、わざとピンで髪をかくような顰め顔して瀧子の視線をさけつつ、

「私だってもちろん万全だと思ってはいやしないけれどね――召集されるかもしれないんだってさ」

「あのひとが?」

「今度は年配から云って……もしかしたらなんだって。自分が出たあと安心して家族を見てもらえる女は瀧さんしかないから是非って、うちの校長なんかを動かしにかかっているもんだから――……」

聞いているうちに、瀧子の柔かい耳朶に血がさしのぼって来るのが感じられた。ゆき子も、そこにつとめている一人の女教師として微妙な立場にいることは、同じ勤めの瀧子にわかるのである。