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かがみもち

鏡餅

宮本 百合子

「新潮」1934(昭和9)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,163 字 · 15 页

青空文庫

そのことをサエは思い起しているのであった。

十時すぎて、年越しそばを食べようと云うことになった。

「いいねえ」

「何? かけ?」

「かけ?――やすくて美味いたねもんないかしら……」

「きつねがいい、うまいよ」

「じゃ、きつね! きつね七つ」

「わたし、云ってきます」

サワ子が部屋の中から襟巻を口のところまでまいて出て行った。

小一時間も経った時分、台所で、

「こんばんはァ」

と呼んでいる声をききつけサエが急いで下りて行って見たら、それは荒物屋の若衆であった。箒、まな板、ザル、庖丁。そんなものがところせまく並べてある前に、いかにもよくあったまった湯あがりらしい色ざしのおばあさんが小さく坐り、

「まさちゃんが見んけにャ……」

と云っている。まさの後から佐太郎も足音高く下りて来た。まな板と庖丁、箒などを夫婦で見て買った。

「まあ、何年ぶりじゃろ……よう辛抱しとったものなあ」

サエは、袂を胸の前にかき合わせ、傍にしゃがんで買物を見ていたが、

「押しきりがやっと庖丁になったね」

と笑った。

「ほんと!」

上り端の箪笥の上に鏡台がのっていた。サエがそこの電燈をひねり、鏡をみながら髪をかきつけていると、向い側の家の障子にもパッと燈かげが溢れ、人声がする。