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かがみもち
鏡餅
宮本 百合子
「新潮」1934(昭和9)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,163 字 · 15 页
ポンプをもむ音も聞える。日頃は早寝の界隈も、今夜はざわめいている。ザーと勢よく水をつかう音がし、
「なんて、いいんでしょう!」
台所でまさが新しい爼板で何かきりながら、感動のこもった優しい声で云っているのがサエに聞えた。
「なんて、いいんでしょう! きずをつけるのが何だかこわいみたいだ!」
その台所口からも、隣りの家の明るい風呂場のガラス窓の上に黒く人影が動くのが見え微かに石炭の煙の匂いが漂って来る。かれこれもう十二時であった。――
「そば、忘れちゃったんじゃないか」
進が待ちかねたように云い出した。
「いや」
目をしばたたきつつ、
「今夜は、待たせることをむこうじゃ勘定にいれてるんだ」
佐太郎が説明したが、サワ子は自分が云って来た責任上当惑そうに、
「わからなかったんでしょうか」
と、皆の顔を見まわした。
「きつねを、たぬきとでもきいたんであるまいか」
「サワ子さんたら!」
満子が編物をとり落すほど笑いこけた。サワ子は、プリントの仕事などさせられると粒の揃った細かい字が書けないで先ず閉口するたちであった。いつかもこういうことがあった。
或る仲間が、もしかすると検挙される危険があるという場所へ出かけ、遂にやられた。