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いんてんにほんがしょかん

院展日本画所感

和辻 哲郎

「中央美術」1919(大正8)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,096 字 · 10 页

青空文庫

が、この実証は自分に満足を与えたとは言えない。自分はこの種の写実の行なわれないのを絵の具の罪よりもむしろ画家の罪に帰していた。画家にして試みればそれはできるはずである。しかしそれが『土』のようにできたとして、自分は喜ぶべきであるか。

実をいうと自分は、この画に対した時、画面の印象よりもまずその油絵風の筆触に眼を奪われたのである。そうしてその三色版じみた模倣に呆れたのである。しかし近よって子細に検すると、麦のくきや穂や葉などの、乾いてポキポキとした感じが、日本絵の具でなければ現わせない一種の確かさをもって描かれていた。黄いろい乾いた光沢なども、カンバスの上に油をもってしては、こうは現わせない。この画家の注意深い対象選択は確かに成功であった。また日本絵の具の性質をいかに活用すべきかもここに暗示せられている。が、こう思いながらも、さらに遠のいて観察すると、画面全体には光も空気も現われていない。個々の麦を描く場合に成功したことも、画の全体にとってはほとんど効果がない。写実として失敗である。

たとい川端氏が日本絵の具をもって油絵以上のことをなし得たとしても、それが部分的であって画として効果がないとすれば、自分は半ば喜ぶとともに半ば悲しまなくてはならない。