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ずいひつなん

随筆難

寺田 寅彦

「経済往来」1935(昭和10)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,381 字 · 9 页

青空文庫

がないと思ったのである。

去年の暮には、東京の某病院の医員だという読者から次のような抗議が来た。

「(前略)然る処続冬彦集六八頁第二行に、『速度の速い云々(速度の大きいに非ず)』と有之り之は素人なら知らぬ事物理学者として云ふべからざる過誤と存じ候、次の版に於ては必ず御訂正あり度し 失礼を顧みず申上ぐる次第に御座候 敬具」

なるほど、物理学では速度の大小というのが正当で、遅速をいうならば運動の遅速とでもいわなければ穏当でないかと思われる。それでもしこれが物理学の教科書か学術論文の中の文句であるとすれば当然改むべきはずであるが、随筆中の用語となると必ずしも間違いとは云われないかもしれない。紺屋の白袴、医者の不養生ということもあるが、物理の学徒等が日常お互いに自由に話し合う場合の用語には存外合理的でないものが多数にあって、問題の「速度のはやい」などもその一例である。この場合の「速度」は俗語の「はやさ」と同義であって術語のヴェロシティーと同じではないのである。例えばまた「のろい週期」などという言葉も平気で使うが「長い週期」というよりも日常会話にはこの方が実感があるから自然にそんな用例が出来るのであろうと思われる。